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太宰府まほろば衆 帥inふくこいアジア祭り2007動画編2

その席からみなさんの演舞を見せていただいたんですが、もう一本手があれば、しかもそれに目がくっついていればなんて贅沢なことを思ってしまいます。
手が2本じゃなく3本あれば人間の動きってまた全然違ってくるかもしれませんね。
持ち上げるって行動はどう考えても2本は必要。もう1本余った手で、ドアをあけることが出来るなら、雨の日に重たい荷物を持つときも、濡れずにすむかもしれません。
バーゲン品をゲットするのも、凄いことになるでしょうね。千手観音みたいに一杯の手があればどうでしょう。まるでムカデの足みたいに、一本一本の動きが凄く複雑になってくるだろうし、手袋だってたくさん買わなきゃいけなくなる。
第一食事の前に洗う手も一杯で、水道代だって馬鹿にならないかもしれませんね。
考えに考え抜いて2本って決めた神様。そのわけを一生かかって考えなさいって、コメントが込められているのかもしれませんね。
2本じゃ足りないからこそ、そばに居る人がドアを開けてあげたりして人と人が助け合う。そうすることで、手は2本じゃなく、4本、10本、千本、一万本…って限りなく増えていく。
そのことを、『和』って呼ぶのかもしれませんね。
まほろば衆の手は、演舞の間つながりあうことはありませんが、心の中にあるもうひとつの手をつなぎあうことが出来るからこそ、多くの感動を私たちに与えてくれるんでしょうね。
手だけじゃなく足も目も耳も。なぜ2つあったり、1つしかなかったりなのか。みなさんももう一度、自分の体について考えてみませんか。

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